Caravaggio(カラヴァッジョ) は、16世紀末から17世紀初頭にかけてイタリアで活躍した、バロック絵画の先駆者です。本名は Michelangelo Merisi da Caravaggio(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ) といい、出身地の名前にちなんで「カラヴァッジョ」と呼ばれています。その劇的な明暗表現、徹底した写実主義、そしてドラマティックな画面構成は、当時の画壇に大きな衝撃を与え、後世の芸術家たちに多大な影響を及ぼしました。
カラヴァッジョ 経歴
- 1571年9月29日、イタリアのミラノ近郊のカラヴァッジョに生まれる
- 1584年頃、ミラノの画家シモーネ・ペテルツァーノの工房に入門
- 1592年頃、ローマに移り、画業を本格化させる
- 1590年代後半、『果物籠を持つ少年』、『バッカス』などの名作を制作し、注目を集める
- 1600年頃、ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂の『聖マタイの生涯』連作で、一躍名声を得る
- 1606年、喧嘩の末に殺人を犯し、ローマから逃亡。ナポリ、マルタ、シチリアなどを転々とする
- 逃亡中も、『キリストの埋葬』、『ロザリオの聖母』などの傑作を制作
- 1610年7月18日、ポルト・エルコレにて死去(享年38歳)
代表作品
- 『聖マタイの召命』(The Calling of St Matthew) (1599年-1600年)
- 『キリストの埋葬』(The Entombment of Christ) (1602年-1603年)
- 『エマオの晩餐』(Supper at Emmaus) (1601年)
- 『果物籠を持つ少年』(Boy with a Basket of Fruit) (1593年頃)
- 『女占い師』(The Fortune Teller) (1594年頃)
カラヴァッジョの芸術
カラヴァッジョの芸術の最大の特徴は、光と闇の強烈なコントラストを用いた、劇的な画面構成にあります。この技法は、キアロスクーロやテネブリズムと呼ばれ、カラヴァッジョによって、その表現が極限まで高められました。また、聖人や歴史上の人物を、庶民的な姿で描くなど、徹底した写実主義もカラヴァッジョの芸術の重要な要素です。これらの特徴は、ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂の『聖マタイの生涯』連作などで顕著に表れています。宗教的な主題でありながら、現実の生活の一場面を切り取ったかのような生々しい描写は、当時の人々に大きな衝撃を与えました。
カラヴァッジョの影響と後世への評価
カラヴァッジョの革新的な芸術は、その後のバロック美術に多大な影響を与えました。特に、彼の影響を強く受けた芸術家たちは、カラヴァジェスティと呼ばれ、イタリア国内だけでなく、ヨーロッパ各地で活躍しました。また、レンブラントやルーベンスなどの巨匠たちも、カラヴァッジョの芸術から多くを学んだとされています。今日、カラヴァッジョは、バロック美術の先駆者として、西洋美術史上最も重要な画家の1人に数えられています。「キアロスクーロ」「テネブリズム」「写実主義」「カラヴァジェスティ」「バロック美術」などのキーワードは、カラヴァッジョの芸術を理解する上で不可欠な要素です。その作品は、世界中の美術館に収蔵され、今なお多くの人々を魅了し続けています。