ハンス・ホルバイン（子）は、16世紀のドイツ・ルネサンスを代表する画家です。北方ルネサンスの写実性とイタリア・ルネサンスの様式を見事に融合させ、特に肖像画において、人物の外見だけでなく内面までも克明に描き出す卓越した技量で高く評価されています。

ハンス・ホルバイン（子） 経歴

• 1497/98年 ドイツのアウクスブルクで、画家ハンス・ホルバイン（父）の子として生まれる。父の工房で絵画の基礎を学ぶ。

• 1515年頃 スイスのバーゼルに移り、画家としての活動を開始。人文主義者エラスムスをはじめ、学者や出版物のための挿絵や肖像画を手がける。

• 1526年 宗教改革の混乱を避け、エラスムスの紹介状を携えて初めてイギリスのロンドンへ渡る。トマス・モアなど、イングランドの有力者たちの肖像画を制作。

• 1528年 バーゼルへ戻るが、宗教をめぐる状況が厳しくなったため、再びロンドンへ向かう。

• 1532年 再びロンドンに渡り、ドイツ商人たちの肖像画などを制作。

• 1536年頃 イングランド王ヘンリー8世の首席宮廷画家に任命される。王やその妃、廷臣たちの公式肖像画を多数手がける。

• 1543年 ロンドンでペストにより死去（享年45歳頃）。

代表作品

• 『大使たち』（1533年）

• 『ヘンリー8世の肖像』（1537年頃）

• 『ロッテルダムのエラスムスの肖像』（1523年）

• 『サー・トマス・モアの肖像』（1527年）

• 『墓の中の死せるキリスト』（1521年）

• 木版画連作『死の舞踏』（1523-26年頃）

ホルバインは、対象を冷徹なまでに客観的に観察し、その細部に至るまで精密に描写する写実的な画風で知られています。彼の肖像画は、モデルの社会的地位を示す豪華な衣装や宝飾品、そして背景にある様々な事物を緻密に描き込むことで、人物の個性や背景を雄弁に物語っています。特に『大使たち』では、アナモルフォーシス（歪像）を用いて描かれた髑髏など、複雑な寓意が込められており、彼の知性と技術の高さを示しています。

宗教画においても優れた作品を残しましたが、彼の真骨頂は、ヘンリー8世の宮廷画家として制作した数々の肖像画にあります。王の威厳や、廷臣たちの人間性をありのままに捉えたその作品群は、単なる記録画の域を超え、テューダー朝時代の重要な歴史的資料としても非常に価値が高いものとされています。その客観的で冷静な視線と卓越した描写力は、後世の肖像画家に大きな影響を与えました。