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さて、フィンセント・ファン・ゴッホの有名な「アルルの寝室」、なぜ少し歪んで見えるのか気になりませんか? あるいは、この絵が複数枚ある理由をご存知でしょうか? あの鮮やかな色彩と独特の空間表現には、画家のどんな想いが込められているのでしょう。
この記事では、そんな「アルルの寝室」の謎と魅力に迫ります。3つのバージョンの違いから、描かれた背景、色彩や構図の秘密、ゴッホが込めた想いまで、初心者の方にも分かりやすく、アート鑑賞がもっと楽しくなるように徹底解説します。
読み終わる頃には、この名作の見方が変わり、ゴッホという画家の人間性がより深く理解できるようになっているはずです。一緒に「アルルの寝室」の世界を探訪しましょう!
ゴッホの「アルルの寝室」とは?作品の基本情報
「アルルの寝室」(Bedroom in Arles)は、後期印象派を代表するオランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)によって描かれた油彩画の連作です。彼が南フランスのアルルで借りていた「黄色い家」の自身の寝室を描いたもので、ゴッホの作品の中でも特に有名で人気のある作品の一つです。
- 作者: フィンセント・ファン・ゴッホ
- 制作年: 1888年(第1バージョン)、1889年(第2・第3バージョン)
- 技法: 油彩、キャンバス
- スタイル: ポスト印象派
- 主題: ゴッホ自身の寝室(南仏アルル「黄色い家」)
弟テオへの手紙の中で、ゴッホはこの絵について「色彩だけで、ここでは休息、あるいは眠り一般を暗示させることを目指した」と語っており、彼にとって安らぎの空間を表現しようとした意図がうかがえます。
なぜ3枚描かれた?「アルルの寝室」3つのバージョンの違いと比較
「アルルの寝室」は、驚くことに合計3枚のバージョンが存在します。なぜゴッホは同じ主題の絵を3枚も描いたのでしょうか?
最初に描かれたのは1888年10月、ゴッホがアルルでの生活に希望を抱き、芸術家仲間(特にポール・ゴーギャン)との共同生活を夢見ていた時期でした。しかし、その後、ローヌ川の洪水によって第1バージョンが損傷してしまいます。療養中だったゴッホは、この損傷したオリジナルを元に、記憶を頼りにしながら1889年9月に第2バージョンと第3バージョンを制作しました。第2バージョンはオリジナルとほぼ同サイズ、第3バージョンは少し小さめのサイズで、故郷の母と妹のために描かれたと言われています。
第1バージョン(ゴッホ美術館所蔵)

最初に描かれたバージョンで、アルルでの新しい生活への期待感が表れているかのような、明るく鮮やかな色彩が特徴です。特に床の淡いライラック色や壁の青色が印象的です。洪水による損傷の痕跡が修復後もわずかに残っているとされています。
第2バージョン(シカゴ美術館所蔵)

第1バージョンとほぼ同じサイズで描かれた複製です。ゴッホが入院していたサン=レミの療養院で制作されました。全体的な構成は同じですが、色調がやや異なり、特に壁の色がより紫がかった青になっています。また、壁に掛けられた肖像画なども微妙に描き方が異なります。
第3バージョン(オルセー美術館所蔵)

母と妹のために描かれたとされる、やや小さいサイズのバージョンです。基本的な構図は同じですが、色使いは第2バージョンに近いものの、より明るく、はっきりとした色調で描かれている部分もあります。例えば、床はより黄色みが強く、壁の肖像画の人物も異なるとされています。
3つのバージョンの主な違い
主な違いのポイント:
- サイズ: 第1、第2バージョンはほぼ同サイズ。第3バージョンは一回り小さい。
- 色彩: 特に壁や床の色合いが各バージョンで微妙に異なる(第1: 淡いライラックの床、明るい青の壁 / 第2: やや濃い青紫の壁 / 第3: 明るめの色彩)。
- 細部描写: 壁に掛けられた絵の種類や描き方、テーブルの上の小物などにわずかな違いが見られる。
- 制作時期と背景: 第1バージョンはアルルでの希望に満ちた時期、第2・第3バージョンはサン=レミでの療養中に、過去の記憶として描かれた。
作品の見どころ:「アルルの寝室」を深く味わうためのポイント
「アルルの寝室」の魅力は、その独特の表現にあります。注目すべきポイントを見ていきましょう。
特徴的な色彩:補色対比が生む鮮烈な印象
ゴッホはこの絵で、補色(色相環で反対側に位置する色同士)の効果を巧みに利用しています。例えば、黄色い家具と青紫の壁や影、赤い毛布と緑がかった床(バージョンによる)など、隣り合う補色が互いを引き立て合い、画面全体に鮮やかさと活気を与えています。ゴッホ自身が手紙で述べたように、これらの色彩は「絶対的な休息」を表現するために意図的に選ばれました。
歪んだパースペクティブ:意図的なのか?
「アルルの寝室」を見て多くの人が気づくのが、部屋の遠近法(パースペクティブ)の歪みです。床が傾き、壁や家具も不安定に見えます。これにはいくつかの説があります。
- 意図的な表現: ゴッホが日本の浮世絵の影響を受け、平面的な構図や大胆な視点を取り入れた可能性。
- 感情の反映: 画家の内面的な不安定さや、現実を主観的に捉える視覚が反映された可能性。
- 現実の描写: 実際に「黄色い家」の床や壁が歪んでいたという説。
ゴッホ自身は「平坦に見えるように、そして日本の版画のように単純化して描いた」と述べており、意図的な様式化であった可能性が高いですが、見る人によって様々な解釈ができる点もこの絵の魅力です。
描かれた家具や小物:質素な生活と個性
部屋に置かれているのは、素朴な木製のベッド、椅子2脚、小さなテーブル、そして壁にはいくつかの絵や鏡、窓があります。豪華さはありませんが、ゴッホ自身の持ち物であり、彼の質素な生活ぶりと、選び抜かれた物への愛着が感じられます。これらの家具や小物が、温かみのある個人的な空間を作り出しています。
壁に掛けられた絵の意味
壁には肖像画や風景画(あるいは日本の版画)が掛けられています。第1バージョンでは、友人ウジェーヌ・ボックとポール=ウジェーヌ・ミリエの肖像画が確認できます。これらの絵は、ゴッホの人間関係や芸術的な関心を反映しており、彼が孤独の中にも友情やインスピレーションを求めていたことを示唆しています。
「アルルの寝室」が描かれた背景:南仏アルルでの生活と夢
この絵が生まれた背景には、ゴッホのアルルでの生活と、そこで抱いた夢がありました。
「黄色い家」と芸術家共同体の夢
1888年、ゴッホはパリの喧騒を離れ、太陽の光あふれる南仏アルルに移り住みます。彼はここで「黄色い家」と呼ばれる建物を借り、芸術家たちが集い、共に制作に励む「南のアトリエ(芸術家共同体)」を作ることを夢見ていました。「アルルの寝室」は、その拠点となるはずだった「黄色い家」の、彼自身の安らぎの空間を描いたものでした。
ゴーギャンとの共同生活とその破綻
ゴッホの熱心な誘いにより、1888年10月、ポール・ゴーギャンがアルルにやってきて共同生活が始まります。当初、ゴッホはこの共同生活に大きな期待を寄せていましたが、芸術観の違いや性格の不一致から二人の関係は次第に悪化。同年12月、激しい口論の末にゴッホが自らの耳を切り落とすという衝撃的な事件が起こり、共同生活はわずか2ヶ月で破綻しました。「アルルの寝室」の第1バージョンは、この共同生活が始まる直前の、期待に満ちた時期に描かれています。
当時のゴッホの精神状態と制作への影響
アルル時代は、ゴッホにとって精神的な浮き沈みが激しい時期でした。強烈な制作意欲に駆られて数々の傑作を生み出す一方で、精神的な不安定さも抱えていました。特にゴーギャンとの関係破綻と耳切り事件以降は、入退院を繰り返すことになります。「アルルの寝室」の第2、第3バージョンは、そうした療養中に、過去のアルルでの日々を思い出しながら描かれたものであり、そこには複雑な感情が込められているのかもしれません。
ゴッホはこの絵にどんな想いを込めたのか?
ゴッホは「アルルの寝室」に、単なる部屋の描写以上の想いを込めていたと考えられます。
休息と安らぎの象徴として
弟テオへの手紙で繰り返し述べているように、ゴッホはこの絵を見ることで心が休まるような、シンプルで安らぎに満ちた空間を描こうとしました。激しい感情や労働から解放される、避難所のような場所を表現したかったのでしょう。
理想化された空間
特に第1バージョンには、これからの生活への希望や、理想とするシンプルな生活様式が投影されている可能性があります。歪んだ表現も、現実そのままではなく、ゴッホの心象風景としての理想化された「寝室」なのかもしれません。
孤独と希望の交錯
誰もいない寝室は、画家の孤独を暗示しているようにも見えます。しかし同時に、鮮やかな色彩や、壁に掛けられた友人たちの肖像画は、人との繋がりや未来への希望も示唆しています。安らぎを求めながらも、内面の葛藤や情熱が色彩と形を通して表現されている、複雑な心境が読み取れる作品です。
「アルルの寝室」はどこで見られる?所蔵美術館情報
「アルルの寝室」の3つのバージョンは、それぞれ以下の美術館に所蔵されており、各館の常設展などで鑑賞することができます(※展示状況は変更される場合があるので、訪問前に公式サイトでご確認ください)。
- 第1バージョン: ゴッホ美術館(オランダ、アムステルダム) - ゴッホ作品の世界最大のコレクションを誇る美術館です。
- 第2バージョン: シカゴ美術館(アメリカ、シカゴ) - アメリカ有数の規模とコレクションを持つ美術館の一つです。
- 第3バージョン: オルセー美術館(フランス、パリ) - 19世紀美術、特に印象派・ポスト印象派のコレクションで世界的に有名な美術館です。
まとめ:ゴッホの寝室から私たちが感じ取れること
ゴッホの「アルルの寝室」は、単なる美しい絵画というだけでなく、画家の人生、夢、苦悩、そして芸術に対する真摯な姿勢が凝縮された作品です。3つのバージョンを比較したり、描かれた背景を知ることで、その色彩や歪みに込められた意味がより深く理解できるようになります。
ゴッホが求めた「休息」の空間は、時代を超えて多くの人々の心を捉え、私たち自身の心の安らぎや、日常の中にあるささやかな美しさについて考えさせてくれます。ぜひ、実物や画集などで、この魅力的な作品をじっくりと味わってみてください。
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